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58.水飲むな

おもろい話

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楽しい事をメモしておくと人生が楽しくなると言う。
サッカーに関係あることないこと、楽しかったことや面白かったこと、
心打たれたことなどページをめくってみよう。

「水飲むな!」の起源

かつてはサッカーに限らず全てのスポーツで「水を飲むな!」ときつく言われていました。
「水を飲むとバテる」と言われ、「水を飲まず苦しいのを根性で我慢しろ」とも言われ
ていました。

今では熱中症の危険が知れ渡りそんなことを言う人はいませんが、では何故「水飲むな!」が
それほど日本のスポーツ界に定着していたのでしょうか?

「Sportsmedicine」206号の今泉隆裕教授の話から抜粋と私見を加えて紹介します。

タヌキの手抜き♪手抜きのタヌキ⑥夏を乗り切る も参照してください。

1904年(明治37年)「理論実験競技運動」

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武田千代三郎の「理論実験競技運動」と言う著書が起源と思われます。

武田千代三郎は東大出身の内務官僚で、秋田県など4県の知事や日本
体育協会副会長も務めた権威でした。

その著書の中に「水抜き、油抜き」が述べられており、その理論的根拠
は「スポーツ能力の向上は、筋力の増強と筋肉以外の減量にある」と
いうものでした。

この理論そのものは当たり前で、今でも通用するものですが、その方法が「水と油を抜く」と言う
ものでした。

「水と油を抜くと体重は減り、かつ血液が濃くなり酸素の摂取量が増える」と大変危険で誤った
方向に導いてしまいました。また、水を取らないことの苦痛を克服することで「根性を育てる」
と根性論まで加わりました。

更に千代三郎が兵庫県に赴任していた時、御影師範の陸上競技部を指導して大会に優勝する
という実績を上げたため、この考え方が全国に広められ定着したと思われます。

1912年(大正元年)ストックホルムオリンピック以降

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オリンピックに日本人として初めて出場した金栗四三
はこの水抜き油抜きを実践していたが、とても耐えら
れずこの方法を中止していて、1916年(大正5年)の
「ランニング」に明石和衛と共に「この方法が体に害
を与えて悪いもの」と記している。

1918年(大正7年)には野口源三郎の「オリンピック
競技の実際」にはすでに水抜き油抜きは非生理的で
理論的に良くない旨記述されている。

1921年(大正10年)「水を飲むとバテる」

寺田瑛「陸上競技の研究」にはやはり水分摂取は良くないとの見解が記されていて、
「大概の初心者は満足するほど水を飲むが、それは却って汗を多量に発散させ疲労を早くする
からなるべく我慢するように」とあります。
これが「水を飲むとバテる」の起源のようです。

このように同調意見もありましたが、一方で批判も被害も知られていました。
しかし不幸なことにこの方法はその後も日本のスポーツ界には長く根付いていました。

日本近代サッカーの父 クラマーコーチの「水に関する言葉」

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1964年の東京オリンピックのサッカーの強化のため
招聘され、東京オリンピックからメキシコオリンピック
まで陰に日向に日本サッカーを支えてくれたクラマー
コーチはどのように考えていたのでしょうか?

クラマーコーチに直接指導を受け、メキシコで銅メダル
に輝いた代表チーム右SB片山洋さんに話を伺いました。
銅メダルを賭けた3位決定戦で地元メキシコを2−0で
完封したハードタックルのDFです。

『片山さんの語る、クラマーコーチの”水”に関する発言』 (カッコ内は注釈です)

1、朝は味噌汁又はコーヒーか紅茶、果物やミルクなど十分に水分を取っている。昼、夜の食事
  でもスープやお茶、監視していないとビールやワインを飲んでる不届き者もいる。
   (普段の生活で水分は十分取れている)

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2、練習中、試合中体が熱くなってる時に冷たい飲み物
  は絶対に良くない。
  ハーフタイムは暖かいお茶が一番良い。

3、水は飲みだすと癖になる。飲まない癖をつければ、
  (我慢するのは)いとたやすい事。
  クラマーコーチは戦時中サハラ砂漠落下傘部隊で
  石を口の中で嘗め回し、口中に溢れる程のつばきで
  乾きを止めたとの事。
                                     
4、(当時の代表チームでの片山さんの印象)ガマは平然とガブガブ飲んでた。
   マサカツさんは我慢していて倒れた。

5、クラマーは僕にこう言った”カタヤマ 酒は週1回大酒もOK! 晩酌はNO! "
  (豪傑揃いの当時の日本代表では水よりもお酒の飲み過ぎが心配だったようで!)

最後にクラマーの僕に残した格言 ”意志は勝つ!”

「喉が乾く前に水分を取れ」は何時から?(私見)

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1960年代(昭和40年代)までは学生スポーツでは「水飲むな!」
「水飲んだらバテる」は全盛期でした。

その後スタートした日本サッカーリーグでは、試合のハーフタイム
には温かい紅茶などで水分補給をしていましたが、競技中にはまだ
飲んでいませんでした。

完全に「水飲むな!」が「喉が乾く前に水分を取れ」に変わったのは、1960年代後半に、
暑い東南アジアの国々で屈強な労働者が突然死ぬ”突然死”が、水分不足による熱中症であると
一般の人にも分かり始めてからでは無いかと考えています。

クラマーさんの言葉を見ても、”給水・飲水”については今の日本のようには考えておらず、むしろ
少し我慢した方が良いと考えていたようです。

それは、ドイツは南部に位置するミュンヘンでさえ札幌と同じ緯度で涼しい事。
特にサッカーはウィンタースポーツなので6月中旬から8月いっぱいはシーズンオフなので
水分の摂取にはそれほど神経質では無かったことがわかります。
   

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